記事を検索する
注目のキーワード

熟練者の暗黙知を伝承する、AIの可能性と制約

2022年05月25日更新

製造業は少子高齢化に伴う人材不足、競争の激化による低コスト要求などさまざまな課題を抱えています。それを解決するために注目されているのがAI技術です。現在では、ディープラーニング(深層学習)や、あらゆるモノがネットにつながるIoTの進展などにより、多種多様なデータを低コストで用意できるようになっています。

その中で、「匠(たくみ)」と呼ばれる熟練の技能者が持つ、高度な知識と技術・技能をAIが学習することで、さらに活用できるという期待が高まっています。今回は、製造業で注目されているAI技術について紹介します。

人材不足と後継者不足、現在の製造業が抱える課題

現在の製造業では、人材不足や生産性向上、熟練の従業員(職人)による属人化などの課題を抱えています。その中でも、人材不足は少子高齢化により、これからもどんどん加速していくと見られ、それに伴い後継者不足の問題も深刻化していくでしょう。

JILPT「デジタル技術の進展に対応したものづくり人材の確保・育成に関する調査」

ものづくり企業の経営課題(企業規模別)
(資料:JILPT「デジタル技術の進展に対応したものづくり人材の確保・育成に関する調査」)

働き方改革や雇用形態の変化などによって人材不足はある程度解消できたとしても、後継者の確保は難しいのが実情です。これには、熟練の技術を引き継ぐのが難しいという事情があります。しかし、多くの企業は現在も熟練の技術に依存しているため、高齢の職人が引退できない事態にもつながっています。職人の知識・技術などのいわゆる匠(たくみ)の技を継承しなければ、生き残れない企業もあるでしょう。

技術を継承できない問題は大きな損失につながる

製造業では、例えば機械による不良品検出の技術・精度が高まっていますが、それでも最後は熟練の検査員が目で確認しているケースは少なくありません。もし、現在働いている熟練の検査員が技術を継承せずに引退してしまえば、不良品を見逃すことになります。

技術の継承が難しい主な要因は、熟練の技術を言語化するのが難しいことにあります。システムを使った自動化も困難なため、生産性低下も避けられません。放置すればものづくりに支障を来し、信用を失うことによるブランドの失墜、株価下落を招きます。

やはり、後継者不足や職人の技術を継承できないことは、事業継続に関わる重要かつ早急に対処すべき問題です。

デジタル技術でさまざまな課題の解決を目指す

いま企業のデジタル化が進んでいます。製造の現場に限らず、デジタルを活用することにより、人材不足を解消する動きが活発になっています。

しかし、従来のデジタル技術では技能継承・事業継続性の維持が難しい一面もあります。そこで、現在注目されているのが製造業におけるAI活用です。AIを活用することで、人に近い判断基準で業務を支援するため、業務効率化などさまざまなメリットがあります。

熟練者の知識・経験をAIに学習させる

AI活用の中でも製造業の中で注目されているのが、熟練の技能者の判断をAIに学習させる技術です。このテクノロジーは、研究が進んでいる「BrainTech技術」の1つで、脳とAIを融合させることで、さまざまな課題解決に活用するものです。

人が判断する際の脳波を瞬時に読み取り、その結果をAIに学習させることで、熟練技能者の判断を、テクノロジーで再現します。この技術を使えば熟練技能者の判断を短期間でAIに取り込むことができます。

既に実用レベルにまで導入が進んでいる事例もあります。AIを活用して製造業の熟練職人のノウハウを活用している企業は、既に実在しています。ここから、いくつか事例を見ていきましょう。

レクサス製造ラインの「AI異音検査システム」

トヨタ自動車九州は、高級車の位置づけであるレクサスの品質管理に、異音を検知するシステムを採用しています。音をAIで解析することにより、検査走行中の自動車内の音データを人間の聴覚特性に基づいて分類し、抽出された約1万個以上の特徴量から異音を判定するAIモデルを作成するといいます。システムを提供したスカイディスクとトヨタ九州が、レクサス製造ラインに合わせてカスタマイズし、「AI異音検査システム」として共同開発しました。

AI異音検査システム

AI異音検査システム(画像は両社による発表資料から)

このシステムにはAI技術を活用し、熟練の検査員の高度な技術を取り入れて開発されています。主にトヨタ自動車九州のレクサスを生産する宮田工場で導入されているとのこと。

このように、AIを活用して異音検査を車両の品質検査で実用化する事例は、国内で初めてだといいます。このシステムは走行中の車の音データを、人の聴覚特性に基づいて分類し、抽出された約1万個以上の特徴から異音を判定する仕組みです。品質検査における活用に向けて、音声データをデータベース化し、熟練検査員の経験・判断をAIに学習させます。

「走行ロードノイズの中で発生する微(かす)かな異音をAIで判定するというとても難しく大きなチャレンジだった」とトヨタ自動車九州の技術員は話しています。従来は検査員自身の聴覚で音を聞き分けており、熟練の検査員が担当していました。経験に基づいた判断が必要であり、後継者の育成が課題でしたが、現在では、異音検査システムを試験的に運用し、精度が高まったことから、本格稼働を始めています。

車内異音検査自動化システムのイメージ

システムのイメージ(画像は両社による発表資料から)

熟練者の頭脳をAIエンジンが代替

中島合金は2020年に創業100年を迎える純銅鋳物を扱う鋳造メーカーです。純銅鋳造には高度な技術が求められ、品質を一定水準にそろえなければなりません。

その製造工程には、原材料の状態・気温・湿度などの制御できない条件があり、製造条件にどうしてもばらつきが出てしまいます。この製造途中に生まれるばらつきに対しては、熟練者がばらつき具合から調整用の添加物を適切な量投入することで、製品の品質を均一化していました。

この技術は熟練者の暗黙知であり、若手に継承するためには長い時間がかかるのが課題でした。そこで、AI技術を活用し、製造時のばらつき状態・添加物の投入量など、鋳造に必要な知識・数値などを学習させることで、熟練者の判断を再現することに成功しました。

AI技術を使う際の課題・制約

AI技術を活用することで、今までのシステム化・機械化では対応できなかった問題の解消につながっています。しかし、AI活用にはメリットばかりではなくさまざまな課題・制約があるのを忘れてはいけません。

まず、AIなどのデータ分析するソフトウエアを活用するためには、統計学・機械学習などの知識が必要です。製造業の現場担当者・技術者が活用するには、習得に時間がかかるため、費用面以外にも導入のハードルが高いことも課題です。

また、AIを活用するためには機械学習システムが十分なデータを収集するための時間も必要になります。AIモデルを業務に活用できるレベルまで精度を高めるためには、さらに時間がかかります。AIをシステムとして提供するIT企業は、現場の担当者でも簡単に利用できるものを開発することが目標になってきます。

ここまで見てきたように、失われる恐れのある熟練の技術者のノウハウを、AIによって引き継げるようになってきました。しかし、AI活用には導入と学習にコストがかかるため、多くの企業に普及し、十分に活用が進むためにはまだ時間がかかりそうです。

自社で有効活用するためには、AIを活用している技術や事例について、まずは情報収集から開始し、導入イメージが見えてきたらPoC(概念実証)を検討するのも良策と言えるでしょう。

ノーコード&MLOpsツールで
機械学習/AIプロジェクトの工数を
最大90%削減

Comlerは、機械学習/AIプロジェクトを成功に導く
ノーコード機械学習プラットフォームです。

記助
IT業界に限らず、さまざまな分野に携わるマルチライター。
メタバースやAIなど、ホットな話題を提供します。
0